それこそそれよ 宮城野の原

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      平安時代の末、松島寺の見仏(けんぶつ)上人に仕えた少年
     宮千代は、歌の修行のため一人で京へ上る途中、月明かりに
     輝く宮城野原にさしかかりました。そこで「月は露 つゆは草葉
     に 宿かりて」と詠みますが、どうしても下の句が続かない。そ
     のまま亡くなった宮千代は、亡霊となって夜な夜な現れ「月は
     露・・・・」と口ずさむようになります。

      それを哀れんだ見仏上人が、「それこそそれよ 宮城野の原」
     と下の句を手向けてやったところ、亡霊はようやく未練が晴れ、
     現れなくなりました。
                        (せんだい市史通信より抜粋)

      *画像は、『奥州名所図会』より「宮城野全図」です。


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      現在の地名の由来ともなった伝説の宮千代の墓は、宮千代
     一丁目の公園内にあり、毎年のお盆には地域の方々によって
     大切に供養されています。

     *画面左が、明治26年に建てられた宮千代の墓です。
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by sakura-3rd | 2008-09-08 20:02 | 杜の都 | Trackback | Comments(2)

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Commented by tukitodoraneko at 2008-09-09 18:55
これが 宮城野ですかあ
宮千代のお墓も ちゃんとあるんですね
私は この話は 「仙台きつね」の話で 知っていました
隅田川の茶店のおばあさんが 狐を飼いならしていて
呼べば 出てくるというので たいそう評判だったのですが
ある時 狐が 故郷の仙台に戻るといって
一つのうたを残して いなくなってしまうのです
後に 仙台から来た人が そのうたは 宮千代のうたで
仙台のものなら みんな知っている と言いました
たぶん その狐は 本当に仙台に帰ったに違いない・・・
要約すると こんな話です
宮千代のお墓が見れるとは 思いませんでした
ありがとう さくら♪さん!
Commented by sakura-3rd at 2008-09-10 01:37
ねこさま
こちらこそ、嬉しいコメントをいただき、ありがとうございます。

現在の宮城野原は、楽天のホームグランドがあることで
有名(?)なのですが、歴史をさかのぼってみると・・・・と
いうことで、まとめてみました。

喜んでいただけたようなので、またネタを探して書いてみ
ますね。今回のように、「仙台きつね」へとリンクしていた
だけるような、クリーンヒットになったら楽しいなぁ♪