みんなに感謝を ~最後の晩ごはん・お兄さんとホットケーキ~

「みんなで、って言えることが‥‥‥『みんな』が自分の周りにいてくれるってのが、
幸せなんだよなぁ、結局」




学校での仕事がなくなり、明治生まれの祖母と一緒にご飯を食べる機会が増えました。
祖母は、母が作ったご飯を滅多に褒めません。ましてや私の作ったものはダメ出し
しまくりです(^^;

昔から台所は祖母のテリトリーでした。
小さい頃から、ほとんど立ち入らせてもらえなかった上、小学校の調理実習で覚えて
きた料理を作りたいと言っても、包丁の持ち方、皮の剥き方、材料の切り方、すべてに
口やかましく「指導」が入りました・・・・で、どうにかこうにか完成した料理は、
一口食べただけで「うまぐね」・・・・で、却下です。

父や母が「そんなことないよ」「おいしいよ」と擁護しようものなら、「うめぇと
思う奴が食えばいい」と自分の前からお皿を遠ざけるという、とどめの一撃が来ます。
(こうして、私の料理苦手意識はどんどん増殖し、現在に至るというわけです)

台所というお城を放棄してからも、祖母は「女王さま」として君臨し続けています。
それは主に食卓で発揮され、自分のお膳につけられていない料理があると「ほいず
何や? おれさは、食わせらんねぇのが?」と、鋭くチェックされます。母や私が、
固くて食べられないだろうとか、辛すぎるから出さないでおこうとか、気を配った
結果だということは考えてももらえないようで、「いいがら、こっちゃ寄こせ」と
押し切られて差し出すと、一口食べて「食わんね」「うまぐね」・・・・で、皿ごと
押しやられます。「だからお膳につけなかったのに」と言っても、学習はしてくれ
ません。

結局、祖母のお気に召さないものを私たちが食べる・・・・ような気持ちになります。
食事中に祖母から「食ってみろ」と言われるものは、決して「おいしいから食ってみろ」
ではなく、「自分はいらないから食ってみろ」なのです。

一緒に食卓を囲むことが増えて、祖母の「女王さま」ぶりにガッカリしていました。

しかし、みんなが出かけてしまうと、祖母に用意しておいた食事を残すことが多いと
気が付きました。なぜ食べなかったのかと尋ねると、「食いだくねがった」といつも
拗ねた子どものように答えます。「ご飯食わねで、早くあの世さ行げばいんだ」と。
「我が家で誰よりも規則正しく三食食べている人が、何言ってるんだか」と笑って
流し、残っていたご飯を温めなおして食卓を囲みます。

みんなと一緒に食べ始めると、相変わらず「うまぐね」「これ食ってみろ」「ほいず
何や」「こいず、あと一口食うがな」「あぁ、もうたくさん、たくさん」と、女王さま
ぶりを発揮します。「さっき、食べないで早くあの世に行きたいって言ってたよねぇ?」
なんて、言っても聞こえやしません。

ねぇ、おばあちゃん。
みんなで食べるご飯っていいよね。
みんなと一緒だから、そんな風にああでもない、こうでもないって文句が言えるんだよ。
明治生まれで、戦争を生き延びて、30代半ばで未亡人になって。
それでも気丈に働いて、子どもたちや孫たちを立派に育て上げたおばあちゃん。
家族を褒めたり、感謝の言葉を口にしたりするのが苦手なのはわかってるよ。
でもね、私たちはもっと楽しく笑いながら食卓を囲みたいといつも思ってるよ。

「こいず、いらねがら食え」より、「こいず、うまいがら食ってみろ」の方が、
「ずっとおれが作って食わせだんだがら、今おれさ作って食わせんのは当たり前」
より、「お母さんの作るご飯、うめぇなぁ」の方が、もっとずっと嬉しいよ。

ま、今更その性格が変わるとは思わないけど・・・・

みんなが自分の周りにいてくれて、おばあちゃんのために何でもしてくれている
ことって、とっても幸せなんだよって、ちゃんとわかってるのかなぁ?

時々帰ってくる孫に、「わざわざ来てけだのかぁ、ありがとなぁ」って涙目で
感謝できるのだから、毎日家で世話をしてくれている父母にだって、ちゃんと
言葉で伝えてあげて欲しい。残された時間は、そんなに多くはないのだから。



最後の晩ごはん お兄さんとホットケーキ (角川文庫)

椹野 道流 / KADOKAWA/角川書店


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by sakura-3rd | 2015-05-18 12:30 | 映画&読書 | Trackback | Comments(0)

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